病気の心
3年前、乳がんの診断を受けた。
突然、歩いていた道の真ん中に大きな口を開けていた落とし穴に、真っ逆さまに落ちた気分だった。
道の先に見えていた様々なやりたい事柄には、もうたどり着けないと思った。
道半ばにして倒れる。
よく、そんな言葉を呟いていた。
人生100年なんて、誰が言った。
あれから、3年。
仕事は辞めた。
病の心と体は、旅を再開することで、徐々に癒されていった。
しかし、乳がんは、何年経っても再発するリスクのあるガンだ。
私の場合、顔つきの悪い増殖性の高い部類のガンということだった。
つまり、再発転移のリスクの高い乳がん。
自分の寿命が、病を得る前に漠然と思っていたような長いものではない、と理解した。
やりたい事は、前倒しでやっていこう、と心に決めた。
生憎、コロナの行動制限の時期と、病からの回復期が重なったが、コロナ等と比較が出来ないくらい、死を身近に感じているガン患者にとって、自分のやりたいことが先だ。
残された時間は、そう長くはないのだから。
コロナ禍で亡くなってしまったガン友は、貴重な最後の時間を奪われた。
私は、変わってしまった外見をカバーして、恐る恐る南の島の海に入り、昔のようにシュノーケルで熱帯魚と戯れた。
極端に低下してしまった体力を回復させるために、近場の山で自主トレーニングして、北穂高岳にも登頂した。
北海道や東北をドライブし、しまなみ海道を自転車で横断もした。
抗がん剤治療、放射線治療が終わったばかりの2年前の今頃、まだまだ登山をするほどの体力のなかった1年前の今頃から比べると、見違えるように元気になった。
私は、旅をすることで体力をつけていった。
来週末は、雪山に登る予定で、昨日は、トレッキングポールを新しく買った。
5月の下旬から7月初旬まで、スペイン巡礼とイタリアのドロミテのハイキングの旅を予定していて、航空券や何泊分かのホテルも予約した。
いつ爆発するかも分からない再発という時限爆弾を抱えながらも、何となく、もう自分は治ったと思い始めていた。
私は、調子に乗っていたのか?
昨日、何日か前に届いていた健康診断の結果の封筒を開いて、目の前の風景が一瞬にして変わってしまった。
肺がん健診の要精密検査の通知。
乳がんは、肺に転移しやすい。
さっきまで、近くの目黒川の桜の花筏の写真を撮りにいって、友達に送って喜んでいたノー天気さは、どこにいった。
ガンを宣告された3年前の病気の心に一瞬にして戻された。
スペイン語のラジオ講座もスペイン巡礼のガイドブックもどうでも良くなった。
もう、病気に心が支配されてしまった。
昨日と今日に何の違いもないのに。